“日本一速い球を投げるマネージャー”は変化球オタク

“日本一速い球を投げるマネージャー”は変化球オタク
2021年3月1日 No Comments 変化球オタクの日常

変化球オタクの日常:第1話

どうも、SBP代表を務める傍ら、変化球オタクとしても活動している占部(うらべ)と申します!
弊社所属の前田幸長がTikTokに #日本一速い球を投げるマネージャー として動画をあげて、軽くバズりましたが、実は変化球の研究が大好きなんです(笑)

https://www.tiktok.com/@myprotv.chocochannel/video/6944888409093573890?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7210787214601815553

前田幸長のYouTube『前田幸長のチョコチャンネル』でもRapsodo Pitchingの計測を公開中👇

【Rapsodo】ダルビッシュ有選手が使用して話題のラプソードで前田幸長が“驚愕の投球”を披露!日本で一番速い球を投げるマネージャーも爆誕!?

現役時代には146km/hを記録して、最近ではRapsodoの計測でストレートの回転数とホップ成分がMLB平均以上を記録して、よく知人にも「ストレートが武器なんでしょ?」と言われるんですが、正直なところ変化球が大好きです。

なぜ、変化球をそこまでこよなく愛しているのか、きっかけを説明していきます。

  • キッカケ① 球史に残るあのレジェンドの変化球に魅了された
  • キッカケ② 球速ではナンバーワンになれない。しかし、変化球はオンリーワン!
  • キッカケ③ 最後の決め手はイップス…

キッカケ①
球史に残るあのレジェンドの変化球に魅了された

私がピッチャーを始めたのは、中学1年生の頃。
小学6年の頃まではキャッチャーとしてプレーしていましたが、当時、暗黒時代に突入していた広島を孤軍奮闘で支え続けた大エース・黒田博樹さんの投球に感銘を受け、中学からは投手に転向することを決めました。

元々、野茂英雄さんのトルネード投法を知った時から投手というポジションに憧れは持っていましたが、やろうと思った決め手は黒田さんの投球する姿であることは間違いありません。

そして、ここから占部少年の変化球ライフが始まるのですが、生意気にも最初に覚えた変化球は「フォークボール」でした(笑)
そのキッカケとなったのが、“大魔神”の異名を持つ佐々木主浩さんの1m以上の落差を誇るフォークでした。

黒田さんや野茂さんも同じフォークボールの使い手として、先発で奪三振を量産していましたが、大魔神のフォークは常軌を逸していました。
それを見た瞬間、脳内に電気が走ったような感覚を覚えています。
「同じフォークボールでも、投げる人間でこんなにも違うのか!」と変化球に前のめりになりました。

それからというもの、父とキャッチボールをするたびにフォークを試投してみますが、思ったように落ちませんでした。通っていたチームのコーチには、「いいチェンジアップだ(笑)」とバカにされました。

それもそのはず。中学校にあがりたての身体もできていないほぼ小学生みたいな子が、満足にボールを挟んで投げれるはずがありません。ましてや当時のストレートの球速は93km/hで、ストレートすら良いとは言い難いレベルでした。

しかし、負けず嫌いな私は学校にボールを持って行き、指にボールを挟んだまま授業を受けたりして、日夜フォークの習得に励みました
その甲斐あって、1年後には決め球としてフォークボールを投げられるようになりました。(それまでにスライダーやカーブを覚えていましたが…)

何はともあれ、こうやって占部少年は変化球オタクへの道を歩み始めたのです。

キッカケ②
球速ではナンバーワンになれない。しかし、変化球はオンリーワン!

中学の頃は、自分はプロ野球選手になって150km/hを超える速球をバンバン投げるピッチャーになるんだと信じていました。高校に入ってすぐに、自分がどれだけ甘かったか思い知らされることになるのですが…それはまた後ほど。

中学1年の時、球速93km/hだった私は順調に成長し、中学3年の時には125km/hをマークしました。軟式のクラブチームに所属していたので、結構球は速い方で同地区で少しだけ名前を知っていただいてましたが、これが自分の勘違いの始まりでした。

高校は、亡くなった祖父の遺言もあり県内の名門・広陵高校に進学を決めたのですが、「俺は球が速い」という自意識過剰な私の鼻は、入学と同時にソッコーで折られてしまいます。

まず、同級生のピッチャーに130km/h未満を投げる投手がほとんどいませんでした。しかも、硬式あがりが圧倒的に多く、球の質も全く違います。一番速い投手はすでに142km/hを計測していました…
結局、高校時代はMAX140km/hを計測するに留まるのですが、井の中の蛙大海を知らずという言葉をしみじみ感じました。

さらに、ボールが硬式に変わり自分の持ち球に変化が起きました。得意としていたフォークボールが投げれなくなってしまいました。同時にスライダーが異様に曲がるようになり、終いにはストレートがカット(いわゆる“真っスラ”)する始末です。

これをキッカケに自分の中で大きなパラダイムシフトがありました。

球速では、上には上がいる(後に大谷翔平選手が地方大会で160km/hを記録する)。だから、そこでナンバーワンになる可能性は限りなく「0」に等しい。しかし、変化球はオンリーワンだ。自分だけにしか投げられない変化球を習得して、自分だけの専売特許を確立しよう!

それから自分にフィットする変化球をチームメイトと模索する中で、多くのチームメイトが「スライダーが良い」と言ってくれたので、おそらく自分はスライダータイプのピッチャーなんだと理解しました(キャッチャーに「ストレートが真っスラしながら伸びるからタチが悪い」と言われたのも大きかった)。

その後はスライダーの改良を重ね、左バッターが空振りした後、股の間を通過するくらいの鋭いボールになりました!
当時の恩師・中井哲之監督(普段は中井先生と呼んでいる)が「山岡(現オリックス)張りのスライダー放るのう!」と褒めてくださったのは、一生の宝物です。

そして、このスライダーを習得後に少ししてフォークは戻ってきました(約2年越しの帰還)。(笑)

キッカケ③
最後の決め手はイップス…

紆余曲折はありながらも、変化球オタクロードを歩み続ける占部ですが、ここまでの話だと投げられる球種はスライダー、カーブ、フォークの3種類だけです。変化球オタクと言うには少しお粗末な球種数です。
そう、私が変化球オタクにどっぷり浸かるのは、大学に入ってからです。

高校最後の夏前、ベンチ入りの当落線上にいた私は、独特のスライダーでアピールに成功し、対外試合でベンチ入りをかけたラストチャンスをいただきました。

3-2でリードした7回のマウンド。いきなり先頭に痛烈な二塁打を浴び、次の打者に送りバントを決められ、一死三塁の大ピンチを招きます。そして、事件は起こりました…
セットポジションから投球動作に入った瞬間、三塁ランナーがスタートを切りました。打者もバントの構えを取り、スクイズを仕掛けられたのです。しかし、しっかりその動きをケアしていた私は、高めにボール球を投げて外しました。外したはずでした…

「ガシャーン」

乾いたネットの音がグラウンドに響き、ボールはバックネット右上段に突き刺さっていました。一瞬グラウンドが凍り付き、全員の行動が一時停止しました(今でも同級生には「バックネットガシャーン」の名前で楽しんでもらっています)。

スクイズを外すのには慣れていましたが、カーブの握りで外したことはなく、運悪くその時のサインはカーブでした。どこで離せばいいか理解できないまま、ボールは高々とバックネットに向かって飛んでいきました。
このミスで私は完全にドロップアウト、高校野球の夏が終わりました。

その時は特に何も感じることはなかったのですが、大学入学後に異変が起こりました。ランナーを三塁に背負うと、どこでリリースすれば良いのか分からなくなってしまったのです。
そこから完全にイップスになるまで、そう時間はかかりませんでした。

イップスになってからは、特にストレートがまともに投げられなくなってしまいました。イップスのキッカケとなったカーブではなく、なぜかストレートでした。

そんな私を見かねた当時の恩師・山口高志さんは、「ストレートじゃなくてシュートを投げてみなさい」と指導してくださいました。そんなことで解決するのか半信半疑でしたが、やってみるとスッと投げることができたのです。
さらに、イップスになって126km/hしか出なくなっていた球速も140km/hを超えるようになり、とうとうシュートボールで人生最速の146km/hを記録することになるのでした。

それからというもの、イップスと上手く向き合えるようになるまでストレートを封印し、シュートをストレートの代わりとして投げ続け、さらに投球の幅を広げるべく、色んな変化球に挑戦しました。

そして、変化球オタク道を突き進むこと4年、投げられるようになった変化球はスライダー(速く小さい横、緩く大きな斜め、縦の3種類)、カットボール(横、縦の2種類)、カーブ(ドロップ系、スロー系の2種類)、フォーク、ナックル、チェンジアップ、シンカー、シュート、ツーシームとなかなかの数になりました。
完全に野球ゲームでは再現不可能です(笑)

もちろん、ダルビッシュ有選手のようなトップクラスの変化球に比べればお子様のままごとのような変化球ですが、それでも独立リーグや軟式トップクラスの企業チーム相手には通用することを身をもって確認済みです。

今はこの変化球たちを、未来を担う球児たちに伝授する日々を送っていますが、現在も新しい変化球を開発するために研究中です!

この記事を読んで変化球オタクの変化球を知りたい・習得したい等の興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、下記メールアドレスまでご連絡ください!

▼連絡先
info@sportsbond-prod.com

変化球オタク・占部の変化球はYouTube『前田幸長のチョコチャンネル』と前田幸長の公式TikTokで公開中です👇

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